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百草の歴史

百草の歴史

― 御嶽山麓・木曽に伝わる伝承薬 ―

百草とは

百草は、長野県・木曽地域、御嶽山麓に古くから伝わる伝承薬であり、伝統薬です。
現在の「御嶽百草丸」の元となった薬であり、その背景には長い歴史と地域文化があります。

主成分は、生薬「キハダ(オウバク)」これは日本薬局方に収載されている医薬品です。
このオウバクエキスを用いた伝承薬が、山岳修験者の常備薬として受け継がれ、
御嶽信仰とともに木曽地域に根付いていったものが「百草」です。


“百草”という名の由来

百草という名称の由来には、いくつかの説があります。

中国最古の薬物書である神農本草経に、
「百草(多くの草)をなめて薬効を試した」という故事に由来するという説。

また、木曽御嶽山麓には古くから多くの薬草が自生し、
様々な薬草を配合し薬効を試したことから、
「たくさんの薬草」という意味で百草と呼ばれるようになったという説もあります。

さらに、百の薬草に匹敵する効能をもつ霊薬という意味が込められているとも伝えられています。


生薬キハダの歴史

キハダ(オウバク)は、紀元前2000年頃ともいわれる縄文時代の遺跡から出土しております。
日本で利用してきた最古の生薬の一つといわれています。

古くから健胃薬として用いられ、
山岳修験者の厳しい修行や山中での生活の支え薬として重宝されてきました。


百草の起源と修験者

百草の起源については諸説があります。
7世紀頃(690年頃)、修験道の開祖とされる役小角(えんの おづぬ)が、
キハダを煎じたエキスで命を救ったことが、
修験者の間で広まりました。

この薬は修験者の常備薬として受け継がれ、
御嶽信仰とともに木曽地域から広く国内に広まっていきました。


江戸時代後期 ― 百草の伝来

百草の製法が木曽地域の村人に広く伝えられたのは、
江戸時代後期の嘉永2年(1849年)頃と伝えられています。

御嶽信仰を全国に広めた普寛行者の言葉として、

「御嶽山の霊草百種を採り集め、
よく煎じ詰めて薬を製せば霊験神のごとし、
これを製して諸人を救え」

という教えとともに、
修験者たちが村人へ百草の作り方を伝授したとされています。

当時の百草は練薬(ねりぐすり)として作られ、
竹の皮の上に置いて乾かし、出かける時は携帯して、胃腸不良、体調不良の時に用いられました。


現在へ受け継がれる百草

こうして百草は、
木曽・御嶽山麓の人々の暮らしの中で受け継がれ、
胃腸の常備薬として用いられてきました。

この伝承薬の知恵は、
現在の御嶽百草丸へと受け継がれています。